今は亡き 「若王子」

erikosama2006-08-29

 大切な空間が消えていく。好きなものが、消えていく。
 ずっとそこに存在して、私を待っていてくれて、受け入れてくれると思い込んでいた空間が、蝋燭の火のようにいつのまにやら音も立てずひっそりと、消える。


 哲学の道、若王子(にゃくおうじ、と読みます)神社近くの喫茶店「若王子」。哲学の道を歩くと疎水とは反対向きの方向のうっそうとした木立の中に風に揺られる風見鶏が目印だった。道から下へ降りるとおとぎ話のいばら姫の館のようなまるで生きているかのような緑に囲まれて門にたどり着く。
 緑と日の光の色が鮮やかな空間で飲む珈琲には、必ず手作りの菓子がサービスで添えられていた。

 ここを経営しておられたのは俳優の栗塚旭氏で、私は詳しくは存じ上げないのだけれども、彼の大ファンという女性を案内して感激された事を覚えている。

 おとぎ話のような洋館の目印は風にくるくると舞う風見鶏。

 そして、数年ぶりに訪ねてみると風見鶏は動かなくなっていた。

 私の知らないうちにお店は、閉じられていた。

 先日哲学の道を歩くそぞろに探してみれば、木立の中から動かない色の変わった風見鶏。閉まるまでに、もう一度行くべきだったと激しく後悔してみてもあとの祭り。永遠にお前を受け入れてくれる場所など存在しない事を忘れてはいけない、だからこそ待つのではなく、自分から行くべきなのだと痛いぐらいに射るような目を空に向ける風見鶏。

 動かない錆びた色の風見鶏は、ただ空を見ている。